別の世界からやってきて幸運をもたらす「来訪神(らいほうしん)」。日本では東北や鹿児島、沖縄の離島などに独自の来訪神文化・奇祭が残っており、その様子が興味深かったため調べてみました。
すると、日本ではユネスコ無形文化遺産に登録されている来訪神行事が10件あり、海外にも同じような文化があることがわかりました。
今回の記事では、来訪神の考え方、それぞれの神々の特徴、さらには海外の来訪神をまとめて解説します!
そもそも来訪神(らいほうしん)とは?
来訪神とは別の世界からやってくる神様のことで、日本ではお正月やお盆など、季節の節目に現れることが多いです。人間にありがちな怠け心を戒め、魔除けや幸運を運ぶ役割があるとされています。
来訪神は世界中に伝承がありますが、ほとんどの地方で仮面や蓑(みの)を身にまとい、仮装した姿をしているのが大きな特徴です。日本では南は沖縄から北は秋田まで分布し、人々の生活と密接に関わっています。
来訪神が訪れる「来訪神行事」の起源には諸説ありますが、各地の神々が集落の祭りや年中行事にやって来るという民間信仰が始まりという説が有力です。
日本中に広まる過程でその土地の文化や考え方を徐々に反映させて、現在に伝承される形で残っています。
来訪神は別名「まれびと」と呼ばれている
来訪神は別名「まれびと」とも呼ばれています。
「まれびと」は漢字で「稀人・客人」と書き、小正月や旧暦の8月など、季節の節目に他界からやってくる精霊、神様のことを指します。
日本にはもともと、「コミュニティの外部から来た来訪者に宿や食事を振る舞うと、祝福が受けられる」という風習がありました。
来訪者を神と見立てて歓迎する「まれびと信仰」は、このような風習と祖霊崇拝が深く関わっているとされています。
祖霊崇拝は簡単に説明すると、死んだ先祖が生きている子孫たちを見守ってくれていると信じる考え方です。
別世界の住民(=来訪神やあの世に住むご先祖様)がお盆や年末などに毎年定期的にやってくることで、厄が祓われて子どもたちも健やかに育つと信じてきたというわけです。
東北地方ではまれびとは春の訪れの時期に、九州・沖縄地方では季節の変わり目に現れ、人々は家族の健康や五穀豊穣などを願います。
「まれびと」は日本の民俗学者である折口信夫氏によって1929年に定義された言葉で、日本人の信仰を探る手がかりとして民俗学上重視されています。
ユネスコ無形文化遺産に登録されている来訪神
現在日本には10件の来訪神行事が登録されています。登録地域が近いほど似たような考え方の来訪神が出現し、離島ほど独特な来訪神が出現する傾向があります。
ユネスコ無形文化遺産に登録された神々の特徴や風習の内容をわかりやすく解説します。
【秋田県】男鹿の『なまはげ』

出典:男鹿のなまはげ
なまはげは秋田県・男鹿市に伝わる行事で、日本でもっとも有名な来訪神といえるでしょう。
鬼の仮面と藁みので仮装した青年たちが手に包丁や桶を持ち、大晦日の晩に「悪い子はいねえが!」「怠け者はいねえが!」と大声で声がけしながら心の厄を祓います。
なまはげは「手足にできたナモミ(火だこ)を剥ぐ(はぐ)」が由来の言葉で、「ナモミハグ」がしだいに「なまはげ」に変化したという説が有力です。
その昔、冬に暖をとるときは火を使うことが多く、長時間あたっていると手足に火だこができやすかったようで、ナモミは怠け者の象徴とされていました。
家の主人はなまはげを酒や料理でもてなし、翌年の幸運を祝います。
【宮城県】藁をまとった化身『米川の水かぶり』

出典:米山里山だより
米川(よねかわ)の水かぶりは宮城県・登米市に伝わる来訪神です。
2月初旬になると集落の男性は藁みので全身を覆い、頭には「オシメ」と呼ばれる藁の先端をまとめたような被り物を身に着けます。
水かぶりは沿道の家々に手持ちの桶で水をかけながら進み、火伏せ(火災除け)を願う行事です。
水かぶりが通るときにオシメの藁を引き抜いて、自宅の屋根にのせると火災除けのご利益があるとされています。
家を訪れて怠け心を祓う来訪神が多い中、火除けの神様である水かぶりは、ユネスコ無形文化遺産に登録されている来訪神の中でも珍しい神様です。
【宮城県】怠け者をいましめる吉浜の『スネカ』

出典:大船渡市役所の公式HP
吉浜(よしはま)のスネカは、宮城県・大船渡市に伝わる来訪神です。
小正月(1月15日)の晩になると鬼と獣をあわせたような仮面をつけ、藁みのをまとったスネカが家々を訪れます。
「なまはげ」や「アマハゲ」と同様に、火だこを剥ぐという意味の方言「スネカワクダリ」が名前の由来です。
スネカは腰にアワビの殻をつけ俵を担いだ姿をしており、アワビの殻がこすれて音が鳴ると家に近づいてきたことがわかります。このとき背中を見せないように歩くのが特徴です。
スネカは家に着くと戸を鳴らして玄関に上がり、怠け者や子供を威嚇します。恐ろしい見た目をしていますが、スネカは子どもが強く健やかに育つことを願う行事として大切にされています。
スネカは江戸時代以前から続く歴史の長い来訪神で、太平洋戦争で一時中断されていましたが昭和30年代に復興し、現代まで続く行事となりました。
【山形県】遊佐の小正月行事『アマハゲ』
遊佐(ゆざ)の小正月行事アマハゲは、山形県・遊佐町に伝わる来訪神です。
遊佐町では正月になると、青年が鬼の仮面を身につけゲンタンと呼ばれる藁で編んだ衣装で仮装し、アマハゲとなって人里を訪れます。
アマハゲは各家庭を回り、子供の怠け心を諌め、お年寄りの長寿や地域の豊穣を願います。
太鼓の合図とともに家を訪れお酒を交わしたあとに大声をあげながら家に上がり、厄払いが済むと家の方から餅を2つ渡され、お返しに別の餅を1つ置いていくのが一連の流れとなっているようです。
同じ東北地方・秋田県のなまはげと類似する要素も多く、来訪神のルーツや考え方が同じではないかという説もあります。
【石川県】能登の『アマメハギ』

出典:ほっと石川旅ねっと
アマメハギは石川県・輪島市、能登町に伝わる来訪神です。
正月の決められた日、または節分の日(2月3日)の晩に、その地区の青年や子供たちが鬼や天狗など個性豊かな仮面と藁みのをまとったアマメハギに扮し、大声をあげながら家々をまわります。
アマメ(火だこ)を剥ぐ役割があるアマメハギが家に訪れると、人間の「怠け心」が祓われよい新春を迎えられると伝わっています。
この地域ではアマメハギが来ることは春の訪れの合図であり、耕作の準備をするきっかけにもなっているようです。
【佐賀県】五穀豊穣をねがう見島の『カセドリ』

出典:さがの歴史・文化お宝帳
見島(みしま)のカセドリは佐賀県・佐賀市に伝わる来訪神です。
2月上旬になると若い男性が藁みのを身につけ、目と鼻と口以外は手ぬぐいで覆った状態で笠をかぶります。来訪神には珍しく、仮面を付けていないのが特徴です。
カセドリはオスとメス1対の来訪神で、2人1組で青竹を持って家に現れます。家に上がると青竹を打ち鳴らして悪霊を祓い、五穀豊穣を願うとされています。
一連の行事が終わったあと、家主はカセドリを酒や茶でもてなします。このとき、笠を深くかぶっているカセドリの顔をみると幸運が訪れるといわれているため、顔をあげさせようと深い器にいれてもてなすところが興味深いポイントです。
日本の来訪神で青竹を鳴らして悪霊を祓うのはカセドリのみであり、この点がユネスコから高く評価されています。
【鹿児島県】海に向かって悪霊をはらう三島村の『メンドン』

出典:鹿児島県の公式HP
三島村(みしまむら)のメンドンは鹿児島県・硫黄島に伝わる来訪神です。
仮面部分は竹かごに紙を貼り、小さく割った竹で目や耳などのパーツを作ります。耳と眉のうずまき模様、その他についた格子模様が外観の特徴です。仮面は14歳の男児の家で作られ、村の青年がメンドンに仮装します。
メンドンは藁みのをまとい、仮面と神木であるスッペン木を手に持ちます。メンドンの正体を詮索することはタブーとされているそうです。
メンドンの行事が行われるのは旧暦8月1日・2日の2日間で、1日目は手にしたスッペン木で観客をたたいて悪霊を祓います。メンドンに逆らうことはできず、これを日付が変わるまで神社を出入りしながら行います。
2日目は神社で踊りを奉納したあと、太鼓の節に合わせながら島内を練り歩き、最後に海岸へ向かいます。一同がそろうと、海に向かって悪霊をはらう「叩き出し」を行います。
【鹿児島県】お盆の最終日に出会える悪石島の『ボゼ』

出典:鹿児島県の公式HP
ボゼは鹿児島・悪石島に伝わる来訪神です。
旧暦のお盆最終日である7月16日になると異界から現れて、人々の邪気を祓います。
腰にビロウの葉をまとい、赤土と炭でできた仮面をまとった成人がボゼに扮し、マラという長い杖を持ち盆踊りの会場に現れます。
マラの先には赤い泥がついており、ボゼは観客に塗りつけようと追いまわします。マラには男根の意味もあるとされ、この泥がつけられると邪気が祓われ、女性は特に子宝に恵まれると伝わっています。
ボゼが観客を追いまわすと太鼓のリズムが変わり緩やかに踊りはじめ、再度暴れたのち盆踊りの会場から去ります。
祭りが終わると、邪気に満ちたボゼの仮面は形が残らないように壊してから裏山に捨てられ土に還ります。
【鹿児島県】子どもの成長を願う甑島の『トシドン』

出典:鹿児島県の公式HP
トシドンは鹿児島県・下甑島(しもこしきじま)に伝わる来訪神です。
大晦日に山の上に降り立ち、首のない馬に乗って人里に現れると伝わる神々で、町中を練り歩いて新年を祝福するとされています。
トシドンは藁みのや黒いマントを身にまとい、鼻の長い異形の仮面をつけているのが特徴です。
訪問先は3~8歳の子供のいる家が対象となり、その子供たちが年内にした悪戯などを怖い声で指摘し懲らしめます。
懲らしめたあとは勉強のことや長所について褒め、一連の行事が済むと子どもに年餅を与え去っていきます。この年餅はお年玉の起源ともいわれています。
【沖縄県】泥を使った厄ばらい、宮古島の『パーントゥ』

出典:ANA「オキワナーズ」
パーントゥは沖縄県・宮古島に伝わる来訪神です。
宮古島の中でも島尻と野原に伝承され、島尻では秋(旧暦9月)、野原では冬(旧暦12月)に行われています。
つる草をまとった男性が井戸の泥で全身を覆い、杖を持ちながら集落内に出没します。仮面を片手でおさえているのも特徴の一つです。
この行事の開催中にパーントゥに出会うと、泥を塗られます。この泥には厄払いの意味があると信じられており、新築した家をもつ人や出産があった家庭で特に歓迎されています。
野原地区ではサティパロウ(里祓い)と呼ばれ、パーントゥのほかに女性や子供たちも加わって練り歩き、幸福を祝います。
ガチャで商品化!?密かに人気の『来訪神コレクション』

出典:エポック社の公式HP
ユネスコ無形文化遺産に登録されている10件の来訪神のうち、なまはげ、パーントゥ、ボゼ、メンドン、アマメハギはデフォルメされてガチャ(カプセルトイ)で商品化されています。
写真でみると怖い見た目の来訪神ですが、デフォルメされマスコット化されると親しみがわいて、各地の伝統行事が身近に感じられますね。
今やガチャは子どものみならず大人もハマる商品となっており、扱われる商品も多様化しています。
来訪神に興味がある人や、この記事を読んで興味をもった人はぜひチェックしてみてください!
日本だけじゃない!海外にもいる来訪神
最後に日本以外の来訪神を紹介します。主にヨーロッパに伝承される神々が多く、一説によるとサンタクロースも来訪神では?と考える人もいます。
日本との違いを見比べながら読んでみてください。
【スロベニア】春の訪れを知らせる『クーレント』

出典:Wikipedia
クーレントはスロベニア北東部の町・プトゥイに現れる来訪神で、2月中(キリスト教の聖燭祭から灰の水曜日までの間)に異界からやってくる神様です。
町を練り歩きながら家々を訪ねて家主のまわりを飛び跳ね、厳しい冬や厄災を祓い暖かな春と幸福の訪れを祝うとされています。
この時期のプトゥイの気温は0度近くになるため、クーレントは毛皮をまとっています。腰にはベルをつけ、鳥の羽を用いた仮面、革製の舌、豆を使った歯、頭にカラフルな帯など独特の姿をしているのが特徴です。
この地域の人たちはワインを飲んだり、パンを食べながらクーレントを待つこともあるようで、日本の伝統行事よりも寛大なイメージがありますね。
クーレントは2017年12月にユネスコ文化遺産に登録されています。
【ドイツ東南部】クリスマスの風物詩『クランプス』
クランプスはドイツ東部をはじめハンガリーやルーマニア北部など、ヨーロッパ中部に伝わる伝説の怪物(来訪神)です。
クランプスはサンタクロースのモデルになった聖ニコラウスの付き添いで、サンタクロースが良い子にプレゼントをあげる一方、クランプスは悪い子を戒める役割があるとされています。
クランプスの見た目は西洋の悪魔、日本の鬼を連想させます。仮面は木製でヤギの角が使われており、そのほかの髪の毛やかぎ爪などのパーツも獣由来です。
オーストリアのザルツブルクではクリスマスシーズンの12月6日前後にクランプスのパレードが行われ、伝統を受け継いでいます。
この時期にザルツブルクに訪れれば、日本とは一味違った迫力満点のクリスマス体験ができるでしょう。
【スイス】大晦日にやってくる精霊『ジルベスタークロイゼ』
ジルベスタークロイゼはスイスのウルンエッシュ地方に伝わる精霊(来訪神)で、美・醜悪・自然をテーマに3種類のタイプに分けられます。
木の枝や葉っぱ・仮面・美しい衣装を身につけて仮装した人びとが順番に家々を回って、新年の挨拶をします。
それぞれのクロイゼがグループを作りヨーデルを歌いながら家々を訪ねてまわり、家主からはワインでもてなされます。大晦日に行うことで旧年の悪霊を祓い、新年の福を呼ぶ効果があるとされています。
ジルベスタークロイゼは大きな鈴を着けているのが特徴で、中には重さは約30Kgにもなる重厚な仮装をしている人もいます。農家が多いこの地域では、農作業の合間に仮面や衣装を作るようです。
歴史は古く1600年代にはすでにあった行事とされ、ウルンエッシュの博物館では衣装も展示されています。
日本・海外の来訪神まとめ
日本の来訪神と海外の来訪神をまとめて紹介しました。
日本でも海外でも以下の特徴が類似しているのがおもしろいですね。
- ある時期を決めて異界からやってくる
- 自然のものを利用して仮装する
- 人々の厄を祓う
- 幸福を願う点
来訪神行事は観光客の参加を受け入れている場合もあり、文化や伝統に触れるという意味で参加するとより理解が深まります。
ただし、見世物ではなく神聖な行事として大事にされているものなので、マナーやルールをしっかり確認するのを忘れないようにしましょう。
また、博物館や歴史資料館では、来訪神文化に触れることもできます。今後の旅行では来訪神にも注目してみてはいかがでしょうか。