日本では1年を通して、季節ごとに多くの行事が行われます。節分やお盆など、あたり前のように受け入れている行事も多いですが、それぞれがもつ意味や目的について深く考えたことがある人は少ないのかもしれません。
そこでこの記事では、神道にまつわる日本の年間行事についてその由来や歴史をわかりやすく紹介します。季節のイベントが行われる背景を知って、それぞれの行事をより楽しく過ごしましょう。
日本の行事は神道と結びついたものが多い
日本で行われる年間行事は、神道と結びついたものが多いです。日本人は古くから自然界のあらゆるものを神とみなし、生活の数々の場面でその恵みに感謝する風習がありました。そのような風習からおのずと生まれた信仰が、日本固有の「神道(しんとう)」です。
古代の神道では、山や巨岩、大木を神の座と崇め、周囲の森を神聖な場所として祀りました。やがてその場所には建物が建てられ、「神社」として発展していきます。神社では人々が神と心を通わせるべく、供物を捧げて地域社会の安寧や繁栄を祈ってきました。
この習慣が「祭り」として知られる式典や儀式の起源となり、季節ごとに行われるさまざまな行事のもととなりました。
神道にまつわる行事を季節ごとに紹介
ここでは1月~12月まで、神道に関連する行事とその由来を紹介します。あたり前のように行われている行事がなぜできたのか、その背景を見ていきましょう。
【1月】睦月(むつき)
正月
『正月』とはもともと「暦のはじめの月」という意味で、旧暦の1月を指していました。
その年の豊穣を司る歳神様(としがみさま)をお迎えする行事であり、現在は3日までの「三が日」と7日までの「松の内」を正月と呼ぶことが多いです。旧暦では1年の最初の満月である15日が正月の始まりと考えられており、その名残から15日は小正月と呼ばれます。
正月は日本の年間行事の中でもかなり長い歴史を持っており、仏教が伝来した6世紀半以前からあったとされています。
【2月】如月(きさらぎ)
節分
『節分』は立春の前日のことをいい、毎年2月3日に行われます。
節分はもともと季節の変わり目である、立春・立夏・立秋・立冬の四季の分かれ目を意味していました。
しかし、室町時代以降、新年の始まりである春の節分が重視されるようになり、冬と春を分ける立春の前日の日だけを節分と呼ぶようになります。この日には節分祭が行われ、神社や各家庭で豆まきが行われます。
豆まきの始まりは平安時代とされ、宮中で大晦日に災厄や邪気を祓う行事として行われていた儀式が起源とされています。また、厄年などは立春から始まるとされており、節分に厄除の行事を行う地方も多いです。
【3月】弥生(やよい)
ひな祭り
『ひな祭り』は、女の子の健やかな成長と幸福を願う行事です。3月3日の「桃の節句(上巳の節句)」に女の子のいる家庭ではひな人形を飾り、ひな祭りが行われます。
3月上旬の上巳の節句に行われる「流しびな」が、ひな人形の起源とされています。流しびなは、災難や厄を人の代わりに受けてくれる人形を川へ流す儀式のことです。
その後人形作りの技術が発達するにつれ、ひな人形は川へ流すものではなく、家の中で大事に飾るものへと変わっていきました。江戸時代になると武家や貴族の間でひな人形を段飾りにして祝うようになり、この習慣が明治以降に一般家庭へ定着したといわれています。
春分の日
春分は1年のうちで昼夜の長さがほぼ同じになる日のことで、例年3月20日~3月21日頃は『春分の日』と呼ばれています。この日を中心に前後3日間を「お彼岸」と呼び、お墓参りなどをしてご先祖様をお祀りします。
お彼岸は仏教行事としての側面が強いですが、日本に古来よりある祖先を敬う信仰も由来となっています。春分の日は「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」という宮中祭祀が行われる日でもあり、この行事が皇室の大祭であることから「国民の祝日」として制定されています。
【4月】卯月(うづき)
春祭り
冬が終わりさまざまな生命が芽吹く春には、多くの神社で『春祭り』が行われます。春祭りはその年の農業の始まりを神様にお告げして、実りや豊作を祈願する重要なお祭りです。
もともと日本には、農業の始まる春になると山に登って花を摘み、山の神様と田んぼの神様をお迎えして祀る風習がありました。この季節に「お花見」が行われるのは、この風習の名残であるともいわれています。
新学期や新生活など日本人の暮らしにおいて「春」は大きな節目となっており、春祭りには1年の健康や無事を祈願する意味もあります。
【5月】皐月(さつき)
端午の節句(たんごのせっく)
5月5日のこどもの日は『端午の節句(たんごのせっく)』と呼ばれ、男の子の誕生と成長を祝う日です。この風習は平安時代に中国から日本に伝わり、次第に民間へと広がっていきました。
「端午」は「月の端(はじめ)の午(うま)の日」という意味で、もともと5月のみを指すわけではありませんでした。「五(ご)」と「午(ご)」の音が同じことから、5月5日へと変わっていたといわれています。
端午の節句には、菖蒲(しょうぶ)やよもぎを軒に吊るしたり、柏餅やちまきを食べたりするのが一般的です。「菖蒲(しょうぶ)」が武家社会で重視されていた「尚武(しょうぶ)」と同音のため、女の子のための「ひな祭り」に対比して、男の子のための祭りと考えられるようになりました。
江戸時代以降は、男子のいる家庭で鯉のぼりをたて、甲冑や刀、武者人形などを飾って子供の成長を祝う行事となりました。
【6月】水無月(みなづき)
夏越の祓(なごしのはらえ)
『夏越の祓(なごしのはらえ)』は、1年を半分にしたときの6月の晦日(みそか)、旧暦の6月30日に行われる神事です。
心身の穢れ(けがれ)や災厄の原因となる罪や過ちを祓う儀式であり、「夏越大祓(なごしおおはらえ)」、「夏越神事(なごししんじ)」、「六月祓(みなづきばらえ)」とも呼ばれています。
夏越の祓では「茅の輪くぐり(ちのわくぐり)」が行われます。境内に「茅(ちがや)」という草で編んだ直径数メートルの輪を作り、これをくぐることで厄災を祓い清めます。
茅の輪くぐりの詳しい作法については、以下の関連記事をチェックしてみてください。

【7月】文月(ふみづき)
七夕(たなばた)
『七夕(たなばた)』は節句のひとつで、毎年7月7日に織姫と彦星が1年に1度だけ天の川で会える日とされています。
織姫と彦星の伝説は奈良時代に中国から伝わったもので、当時から宮中では七夕祭りが開催されていました。また、日本においても秋の豊作を願い着物を織って神に供える「棚機(たなばた)」という行事があり、こちらも現在の七夕につながっていると考えられています。
七夕に短冊を飾る風習は江戸時代から始まり、「夏越の祓」に設置される茅の輪の両脇に笹が設置されていたことが由来といわれています。七夕にはご先祖様をお迎えし、一夜を過ごしたあとに送る「祖先祭祀(そせんさいし)」の一面もあります。
【8月】葉月(はづき)
お盆
先祖の霊を偲び供養する日として、日本でも特に重要な行事となっている『お盆』。お盆は、仏教における「盂蘭盆会(うらぼんえ)」が語源となっています。
盂蘭盆会は、中国の民俗信仰と祖先祭祀(そせんさいし)を背景に仏教的な思想が加わった複雑な仏教行事で、旧暦7月15日を中心に7月13日~16日の4日間に行われます。
日本ではもともとこの「祖先祭祀」が重要視されていたため、先祖の霊を家にお迎えする儀式は、仏教伝来以前から行われていました。仏教と神道が習合していくなかで、これらの儀式が混じりあっていったと考えられています。
現在のお盆は8月13日~16日までの4日間を指すことが多く、13日にお墓参りをして先祖の霊をお迎えし、15日にお送りします。
精霊流し(しょうろうながし)
『精霊流し(しょうろうながし)』は亡くなった人が極楽浄土に行けるよう、精霊船を用意して流す行事です。一般的には亡くなった人にとって初めてのお盆にあたる「新盆(にいぼん)」に遺族が行いますが、地域によってやり方はさまざまです。
精霊流しの由来は諸説ありますが、中国の「彩船流し(さいしゅうながし)」が日本に伝わって変化したものが起源と考えられています。彩船流しは、江戸時代に貿易や通訳関係で日本に来る途中に亡くなってしまった中国人の霊を弔うために行われていた行事です。
精霊流しは送り火の考え方に通じるものがあり、お盆期間の最終日に行われることが多いです。
中国では爆竹に魔除けの効果があるとされているため、彩船流しがもととなっている精霊流しで爆竹や花火を使用する地域もあります。
【9月】長月(ながつき)
秋分の日
『秋分の日』は例年9月22日~24日頃の昼と夜の時間がほぼ同じになる日のことで、年によって日にちが異なります。もともとは「秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)」という、歴代の天皇や皇后、皇族の霊を祀る宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)の一つでした。
秋季皇霊祭が1948年の終戦後に廃止になったことを受け、代わりに秋分の日が国民の祝日として定められました。秋分の日には「おはぎ」を供えるのが定番ですが、これは秋の七草の一つである「萩」に由来しています。
1年の収穫を感謝し、その年に収穫した小豆のつぶあんでおはぎを作るのが習わしとなっています。
お月見
『お月見』は1年の中で最も空が澄み渡る旧暦の8月に月を眺める行事のことで、「十五夜(じゅうごや)」とも呼ばれています。平安時代から貴族の間で娯楽として流行していた行事で、当時はお酒の杯に満月を写して眺めたり、月の和歌を詠んだりして楽しんでいました。
江戸時代になると庶民の間にも広がり、秋の収穫祭とともに月見団子を供えて楽しむようになります。もともとは旧暦8月15日に行われていた行事ですが、現在では毎年9月中旬~10月上旬の間に行われ、「中秋の名月(ちゅうしゅうのめいげつ)」とも呼ばれています。
日本のお月見は年に3回あり、それぞれに意味があります。
- 旧暦8月の「十五夜」:今年の秋の豊作を祈願する日
- 旧暦9月の「十三夜」:今年の収穫に感謝する日
- 旧暦10月の「十日夜(とおかんや)」:来年の豊穣を祈願する日
十五夜、十三夜、十日夜の3日間が晴れてお月見ができると、とても縁起がよいとされています。
【10月】神無月(かんなづき)
秋祭り
秋は実りの時期であり、『秋祭り』は農作物の収穫に対する感謝として行われます。古代の人々は台風や日照りなどの自然現象に苦しめられたとき、その障害を乗り越えて無事収穫できることを神様のおかげだと考えていました。
農作物そのものを神様の恵みとし、農作業の重労働に一区切りつくことへの喜びからも、感謝の気持ちを込めて盛大に秋祭りを執り行いました。特に農村部では秋祭りは神社の中心的なお祭りとされ、神輿や神楽の奉納など各神社で特色ある行事が開催されています。
神嘗祭(かんなめさい)
『神嘗祭(かんなめさい)』は毎年10月15日~17日に伊勢神宮で行われる行事で、その年に収穫した穀物を天照大御神(あまてらすおおみかみ)に捧げる大祭です。
この祭りは「天照大御神が高天原において新穀を召し上がった」という古事記の神話に由来し、西暦701年に制定された「大宝律令(たいほうりつりょう)」において国家の恒例祭祀として明記されています。
もともとは9月17日に行われていた行事でしたが、「9月では稲穂の収穫ができない」という理由から、明治時代に1ヶ月ずらして行われるようになったそうです。
【11月】霜月(しもつき)
七五三
『七五三』は、男の子の場合「3歳と5歳」、女の子の場合「3歳と7歳」に行われる行事です。
七五三の由来には諸説ありますが、平安時代から宮中で行われていた3つの儀式がもとになっているという説があります。
- 3歳:「髪置き(かみおき)の儀」(男女)・・・3歳まで坊主で育てて頭を清潔に保つ
- 5歳:「袴着(はかまぎ)の儀」(男)・・・当時の正装である袴を初めて身につける
- 7歳:「帯解き(おびとき)の儀」(女)・・・帯を初めて締める
当時は子どもの死亡率が高かったため「7歳になるまでは神の子」として扱われ、7歳になって初めて一人前になるという考え方がありました。3歳、5歳、7歳の節目に神様へ成長を感謝し、お祝いをしたことが七五三の由来とされています。
近年、七五三は11月中であれば日にちにこだわらなくなってきましたが、元々は11月15日に行うものでした。これは旧暦の11月15日が満月にあたり、秋祭りを行う日として多く選ばれていたためです。秋祭りの日に子どもたちの成長もあわせて感謝し、祈ったものが七五三の始まりとされています。
新嘗祭(にいなめさい)
11月23日は「勤労感謝の日」という国民の祝日になっていますが、もともとは『新嘗祭(にいなめさい)』という大祭が行われる日でした。
新嘗祭は収穫を感謝するお祭りとして全国の神社で行われていますが、本来は天皇がその年に収穫された新穀を神様に供えて感謝し、これらのお供えを神様とともに食す儀式がもとになっています。
11月22日に「鎮魂祭」が行われ、23日の夕方に神々に神膳を供え、翌日の24日に神様を見送るのが全体の流れとなります。また、天皇陛下の即位後に初めて行われる場合は、特別に「大嘗祭(だいじょうさい)」と呼ばれます。
【12月】師走(しわす)
年越の祓(としこしのはらえ)
『年越の祓(としこしのはらえ)』は神道儀式のひとつで、1年の間に受けた罪を取り除き厄を避ける行事です。別名「年越の大祓(としこしのおおはらえ)」とも呼ばれ、年末に全国の神社で行われています。
6月末の「夏越の祓(なごしのはらえ)」と同様に、紙を人の形に切り抜いた人形や、茅の輪くぐりなどを用いて穢れ(けがれ)を祓います。
まとめ
日本では古くから季節の移り変わりや人生の節目を、重要な行事として考え過ごしてきました。今回紹介した年間行事は長い年月をかけて習慣化したもので、様々な文化や風習が由来となって行われてきたことがわかります。
日本の伝統行事は願掛けや縁起を担ぐ意味を込めたものが多いですが、今では本来の意味が忘れられつつある行事も沢山あります。日本の年間行事がどのような意味で行われているのかを学ぶことは、日本人が何を大切にして現代まで受け継いできたかを改めて考えるよいきっかけになるかもしれません。