ひのえうまとは?丙午の意味・由来・女性差別の迷信をわかりやすく解説!

丙午(ひのえうま)
コラム
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60年に一度巡ってくる特別な干支『丙午(ひのえうま)』。過去には迷信により出生率が下がったことでも有名な年ですが、このようなことが起こった背景にはどんな歴史があるのでしょうか?

本記事では、丙午の意味や由来、なぜ迷信が生まれたのかを解説しながら、「ひのえうま」がどんなものなのかをわかりやすくご紹介します。2026年に訪れた丙午について気になっている方はぜひ最後までご覧ください。

丙午(ひのえうま)とは「60年に一度巡ってくる年」のこと

丙午(ひのえうま)

『丙午(ひのえうま)』とは、日本で用いられてきた干支の考え方に由来する年の呼び名のひとつです。干支は「十干(じっかん)」と「十二支(じゅうにし)」を組み合わせて年や日を表す古代中国由来の暦法で、十干と十二支はひとつずつ順番に同時進行するというルールがあります。

  • 十干(じっかん)
    甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)
  • 十二支(じゅうにし)
    子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)

1年目:甲子(きのえね)
2年目:乙丑(きのとうし)
3年目:丙寅(ひのえとら)
4年目:丁卯(ひのとう)…

この組み合わせが一巡するのには60年かかるため、丙午(ひのえうま)の年は60年に一度だけ巡ってきます。

ひのえうま(丙午)は「火」の力が強い年とされる

丙午(ひのえうま)

十干の3番目にあたる丙(ひのえ)と十二支の7番目にあたる午(うま)は、どちらも陰陽五行説において「火」の性質を持っています。

陰陽五行説(いんようごぎょうせつ):古代中国で生まれた、万物が「陰・陽」の2つの原理と、「木・火・土・金・水」の5つの元素から成り立ち、互いに影響し合いながら循環・変化するという思想

「丙」は太陽のように明るく活発な火を象徴し、「午」は情熱的で生命力あふれる火の性質を持つとされています。このふたつが重なる「丙午」は、60通りある干支の中でも特に火の力が強い年と考えられてきました。

このような火の性質が信じられてきた結果、丙午は激しい年、特別な年として迷信が広がっていったと考えられています。

丙午の迷信が生まれたのは江戸時代!八百屋お七の伝説が元とされる

丙午(ひのえうま)

丙午(ひのえうま)の迷信が広く定着したのは江戸時代とされ、そのきっかけとしてよく挙げられるのが「八百屋お七」の伝説です。

お七は江戸の町娘で、恋心から放火事件を起こし火あぶりの刑に処されてしまいます。この悲劇的な物語は芝居や浄瑠璃などで広まり、「丙午の年は火災が多い」という江戸時代の初期の迷信と結び付いて、やがて「お七は丙午生まれだった」という説へと発展していきました。

丙午が火の性質を強く持つ年であることと、放火という事件内容が重なったことで「丙午生まれの女性は気性が激しく災いを招く」という迷信が形成されたと考えられています。

ちなみに史実では「お七という娘が放火し火刑になった記録」のみが残っており、恋人の存在や丙午生まれなどについては詳しくわかっていないようです。

実際に丙午(ひのえうま)で起きた出来事

丙午(ひのえうま)

江戸時代に広まった丙午の迷信は、明治・昭和にも大きな影響を与えました。実際に起こった出来事を見ていきましょう。

【明治39年】1906年:前年より出生数が約4%減少

江戸時代を経て迎えた1906年の丙午では、統計上の出生数が前年より約4%減少した記録が残っています。この年は戦争・飢餓・災害といった出生数を減らす要因がなかったにも関わらず数値が減少しており、迷信が人々に大きな影響を与えたと考えられています。

とはいえ、後の研究では出生届を前年や翌年にずらして出したケースが多かったといわれており、前年に比べて減って見える理由の多くの部分は見かけ上の減少であるともいわれています。

そのため、1906年の丙午で起きた出生数の変動は単に迷信で出産を避けたというだけではなく、届け出操作や人口統計上の見え方のズレが影響しているという説もあります。

【昭和41年】1966年:前後年よりも出生数が約25%減少

1966年の丙午では、前後の年と比較して出生数が約25%も減少しました。当時は明治ほど迷信が信じられている時代ではありませんでしたが、新聞・テレビ・雑誌などのメディアで丙午に関する話題が豊富に提供されていたことが出生率に大きな影響を与えたと考えられています。

この時期に特に話題となったのは「1906年の丙午生まれの女性が結婚適齢期になったとき、婚姻に不利益が生じて自殺に追い込まれた」という逸話について紹介するものです。

当時はまだ昭和的な古い価値観が強く、親族や年長者が「もしこの年に女児を産めば将来不幸になるかもしれない」と若い夫婦に妊娠回避を示唆することも多かったようです。

【令和8年】2026年:迷信を信じる人はほぼいない?

2026年の丙午では、1966年のような大幅な出生減は起きにくいという見方が有力です。

現代の価値観では迷信を強く信じている人は少なく、結婚や出産の時期も個人の判断に委ねられる傾向が強まっています。また、晩婚化や高齢出産が進む状況で、意図的に出産を1年先延ばしにすること自体が難しい家庭も多くなっています。

出生数そのものが長期的に減少していることから、迷信の影響とは関係なく出生率は低水準になると予想されています。

丙午生まれの人の性格や生活は?メリットもあった?

丙午(ひのえうま)

丙午生まれの人たちは古くから「気性が激しい」「強い火の気を持つ」といったイメージを持たれることが多かったようですが、これはもちろん迷信に基づくもので実際の性格は人それぞれです。

生活については周囲から丙午に対するネガティブな話題を聞かされたり、結婚適齢期に迷信を気にする年長世代の偏見にさらされたりした人もいたようです。一部では縁談に影響した例も残っています。

一方で、出生数が少なかったことから教育や就職の面で有利に働くこともあったといわれています。受験や就職の競争が緩やかで、進学やキャリア形成で恩恵を感じた人も少なくなかったようです。

社会全体が高度経済成長や安定期に向かっていたという時代背景もあり、世代全体としては堅実な生活を築いた人たちが多いとされています。

丙午(ひのえうま)のおすすめ過ごし方・注意点

丙午(ひのえうま)は昔から「火の勢いが強い年」と言い伝えられてきたため、情熱や行動力を活かしつつ、勢い余って暴走しないように過ごすのがよいとされています。

先延ばししていたことに着手して一気に進めたり、新しい挑戦や習慣づくりに取り組むのがおすすめですよ。

一方で、勢いが強まってきたときほど判断は冷静に下し「数字や事実を確認する」「周囲の意見をしっかり聞く」など、熱量を自分の意思でコントロールすることが重要だといわれています。

丙午(ひのえうま)に訪れたい関連場所

【東京都】円乗寺:八百屋お七の墓があるお寺

『円乗寺(えんじょうじ)』は東京都文京区にあるお寺です。お七物語の舞台として知られ、参道正面にある本堂の左手には「八百屋お七の墓」があります。

お七は火事によって親とともにお寺に避難し、避難生活のなかで生田庄之介という男性と恋仲になりますが、円乗寺はそのとき避難したお寺ではないかと考えられています。

昔から縁結び・火伏せのご利益で知られるお寺で、現在も多くの人々の信仰を集めています。

「圓乗寺」の公式HP
住所〒113-0001 東京都文京区白山1-34-6

【東京都】鈴ヶ森刑場跡:お七が火あぶりの刑に処された場所

丙午(ひのえうま)

『鈴ヶ森刑場(すずがもりけいじょう)』は、現在の東京都品川区にかつて存在した刑場です。お七が火刑に処された場所で、現在も刑場跡には処刑に用いた「火炙台」が残されています。

避難生活を終えたお七は寺を出ることになりましたが、庄之介への想いは募るばかりで「もう一度自宅が燃えれば、また庄之介がいる寺で暮らせるかもしれない」と考えるようになります。庄之介に会いたい一心で自宅に火を放ってしまったお七は、放火の罪で捕縛され鈴ヶ森刑場で火あぶりに処されました。

刑場で処刑された人たちの供養のために建てられた「大経寺(だいきょうじ)」に隣接しており、敷地内には多くの供養塔が建てられています。

「大経寺」の公式HP
住所〒140-0013 東京都品川区南大井2丁目5-6

【全国】馬に関連する神社:午年の参拝におすすめ

丙午は午年(うまどし)にあたる年のため、縁起担ぎとして馬にゆかりのある神社へ参拝するのもおすすめです。

馬は昔から力強さや前進の象徴とされ、目標に向かって進みたいときや勝負どころの祈願と相性が良いと考えられてきました。午年の参拝におすすめの神社については、以下の関連記事を参考にしてみてください。

丙午(ひのえうま)のまとめ

丙午(ひのえうま)は十干十二支が組み合わさって60年に一度巡ってくる年で、「火の気が強い年」とされてきました。江戸時代には八百屋お七の伝説をきっかけに迷信が広まり、とくに女性に不吉なイメージが重ねられるようになります。

ひのえうまの歴史を理解しておくことで、2026年の丙午をより有意義に過ごせるかもしれません。この記事を参考に、日本の干支文化をより深く感じてみてください。

この記事を書いた人
Tomo

「神社メディア・アニミズム」管理人。Webディレクター、Webライター、写真家として活動中。
神社巡りと世界遺産巡りのために47都道府県を制覇した後、世界の文化を見に60ヶ国以上を旅しました。
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